Img_6a696658eb2c14be663b932c1b23fb97
新宿演説会での関口氏
終戦より70年を迎えようとしている。
国は集団的自衛権の行使を巡り、大きな転換期を迎えていると世間は言う。

日本にとっての終戦は敗戦である。だから米国に追随することを余儀なくされてきた。
その米国追随の政策として、日本民族が二度と結束しないように、刃向わないように、伝統や文化、誇りある民族性や歴史を否定され、喪失されてしまった。
故に米国の世界戦略に従い、日本は右往左往してきた70年。
そんな米国追随の姿勢で、集団的自衛権行使を容認したのでは、日本の意に反して米軍の補助として自衛隊は利用され、また右往左往するだけだ。

これまでの日米同盟は、米国にとっての損得が第一義で、日本は自国の権益を時には放棄してまで米国に追随してきた。
よく言われる例として、イランのアザデガン油田の開発権利を日本が放棄した問題がある。
イランのアザデガン油田は、世界屈指の石油埋蔵量といわれている油田である。
資源の乏しい日本がエネルギー政策の一環としてイランと交渉を重ね、やっと2004年に開発権利を手に入れた油田だった。
日の丸油田と呼ばれ124億円も投じてきたにも拘らず、イランと対立姿勢を示す米国が、日本との同盟を盾に圧力を掛けてきたため、日本は開発権利を放棄した。
そして、その権利は中国の手に渡り、結果的に日本および米国に対する中国の脅威を高めることとなった。

※現在、中国は開発を怠り権利を失っている。
 (Click!) 

その米国は現在、イラクがISISなる武装勢力から北部より侵攻を受けると、紛争を解決する為にISISと対立関係にあるイランに協力を求め歩み寄りを見せている。

このように、米国は自国の利益を第一義に世界戦略を展開している。
米国に限らず自国の利益を第一義に世界戦略を展開するのは当然だ。
だから、米国はその時々の情勢により中国に歩み寄ったり韓国に歩み寄ったりすることもありうるわけだ。
その為、日本は日本にとっての権益を第一義とした同盟関係を構築し、自国を主体とした外交と国防を行わねばならない。
昔のように敵と向かい合って砲弾を打ち合う時代ではなく、ハイテクのミサイルで遠い彼方にピンポイントで攻撃ができる時代となった今、他国と友好関係を築き、防衛の後ろ盾にするのは得策であるから、集団的自衛権の行使は必然だ。
しかし、集団的自衛権の行使は、米国追随ではなく日本人の知性と理性によるものでなければならないということだ。
米国に配慮しての、同盟国が目の前で血を流しているのに、指をくわえて見ているだけで良いのか?というのは行使の理由にはならないだろう。
戦後そうさせたのは米国だし、それを補うために、日本は米軍に土地を提供し、空に管制空域を与え、思いやり予算等の資金援助を身を粉にして働き行ってきたのだから、本来ならば米国は日本を必死で護って当然だ。日本は何もしていないわけではない。


しかし、米国が頼りになるのか成らないのかが問われているのが現状。

最後は自分の国は自分で護るという基本を忘れてはならない。

しかしながら、国防や外交、自分の自国は自分で護るということを考えるとき、力の源として最も重要となるのが国を愛する心、生まれ育った郷土を大切に思う心、親兄弟を敬う心である。

ところが、国内では、そのような心が育まれる筈もない教育が施されてきた。
そして毎日、道徳心の欠片もない事件事故が相次ぎ、不条理が蔓延る社会教育がテレビやインターネットのニュースを通じて子供たちに施されている。

警察は悪の根源は暴力団にあるといい、暴力団排除条例なる条例を全国で行使し暴力団の根絶に躍起となっている。暴力団と交際する一般人まで処罰の対象とし、暴力団が出入りする建物の前でラーメン屋に出前を頼むのを待つ様な取り締まりを行っている。

まるで、ついついスピード超過をしてしまいがちな見通しの良い直線道路で、物陰に隠れて微々たるスピード超過の車を取り締まるような検挙数・点数稼ぎの取り締まりだ。
悪いことが起きるのを事前に抑止するというよりは、悪いことが起きるであろう環境を保持し、罪を犯すことを誘発して捕えるという姑息な取り締まり方と言わざるを得ない。
しかし、そんな暇は無い筈だ。

今、世間を騒がせている事件・事故をみよ。

組織的な暴力を背景に恐喝や傷害を侵し、社会の秩序を乱している者を暴力団と呼ぶならば、世間のいう暴力団による事件は衰退しているし、新聞でもほとんど見かけない。


それよりも、世間を騒がせているのは、暴力団以外の者による事件である。
一般人のみならず、聖職者や公務員、医者も弁護士も学校の先生も、一流企業も、職業に関係なく凶悪犯罪、破廉恥な事件を短絡的な理由で起こしている。

刑事も小学校の校長も著名人も麻薬を吸い、若者は覚せい剤に良く似た危険なドラッグを乱用し逮捕されている。
車を運転し、人を跳ねて引きずったまま逃げる市役所の職員や会社員。
好みの少女を見つけ、自己満足の為に調教目的で連れ去り拉致監禁するオタク。
拳銃欲しさに警官を襲うマニアの若者。
誰でもよいから殺したかったと語る無差別殺人。
親兄弟、職場の仲間を金が目当てで相次ぎ殺しす鬼畜なリサイクルショップの夫婦。
友人を殺して、宅急便で遺体を運び、国外へ逃亡する女。
北海道の警察署に爆発物を仕掛けまくる主婦。

非弁行為、サギ師に加担する弁護士。
自分の生徒を盗撮・淫行、ストーカーする教師。
治療と称して女性患者に麻酔をかけて強姦する赤十字病院の医師。
政務調査と偽って公金を私的に800万円も使ったバカな地方議員。
顧客の定期預金を勝手に解約して使う銀行員。
厚生年金基金の金を数十億円横領して女に貢ぐ長野の事務局長。
子供が自宅で死亡したことを児童手当が欲しくて隠し続ける親。
親が自宅で死亡したことを年金が欲しくて隠し続ける子。
金の為に捜査情報を第三者や暴力団に売り大麻を吸う静岡の刑事。
飲酒運転の取締りで、証拠をすり替え、罪を捏造して摘発していた長野の警官達。

勤め先の顧客名簿を小遣い欲しさに売るベネッセのシステムエンジニア。
遊ぶ金欲しさに高齢者を騙すオレオレ詐欺と、それに加担する中学生や高校生。
特殊詐欺の被害総額が昨年487億円に上り記録を更新。

そしてこれら事件の捜査に追われ、面倒となって捜査を怠り、捜査書類を自宅に隠していた警察の不祥事が発覚している。

また、国を憂い鹿児島で活動している若者から、仲間たちが不当な職務質問や理不尽な逮捕をされているとの話を耳にした。鹿児島市政調査会 (Click!) 

以上のように、直近の事件だけでも、例を挙げればきりがない。

これでは、大人社会の不条理を見聞し育つ現代の子供達や若者に、道徳を説くのは至難ではないか。

暴力団でもやらない不条理、凶悪犯罪が身近な者により、身近なところで毎日のように起きている。

だから、悪事を働く者に、生まれも育ちも、職業も国籍も関係ない。
暴力団であろうと学校の先生であろうと、悪いことをした奴は処罰すればよいだけだ。
暴力団が危険だというなら、暴力団が犯した罪は、処分を重くするのはよいだろう。

それなら同じ発想で、一般にも、
職務上、特別に認められている権限を悪用する行為や、
職責に著しく反する行為に対しては、厳罰を処せばよい。

現在でも公務員職権乱用罪、或いは特別公務員職権乱用罪はあるようだ。
しかし法定刑は2年以下の懲役で、これらの厳罰化も必須である。
余り厳しくすると成り手がいなくなるという意見は通らない。
絶対に職権を濫用して悪事を働いてはならない職業だからだ。

一般も含め職権を悪用する者や、職責に反する者に厳しい罪を科せば、顧客情報を名簿屋に売る者や情報の漏えい、学校の先生が女生徒を盗撮したり、刑事が窃盗したり、兵庫県議の野々村みたいに公金を自分の財布と誤解するバカな議員を生むことも無くなるのではないか。

また、何もしていない初対面の者に暴力団さながらの振る舞いで「パクろうと思えばいつでもパクれるんだぞ」などと暴言を吐く刑事に遭遇することも無くなることだろう。(私も何度か遭遇しています)


一部の者の犯行により、真面目に務めている者への信頼を失墜させてはならない。
逆に誰であろうと、どんな者であろうと、良いことをした者に対しては敬意を表し労うべきだ。

そして、どんな職業でも矜持を持つことが大切だ。



そういう意味で、日本と韓国の交流に水を差している河野談話を、まともに裏付けもせずに発して、日本軍による慰安婦の強制連行と性奴隷という捏造された歴史を世界に広めることとなった原因をつくった河野洋平などは、売国虚言罪で無期懲役に処すべきだろう。

※昨日7月24日、国連人権委員会は旧日本軍の従軍慰安婦問題について、人権侵害行為を調査し加害者の刑事責任を追及するよう勧告。日本政府に、公に謝罪し国家責任を認めるよう求めた。
東京新聞 (Click!) 


そして、何より許してはならないのは、国家権力の横暴である。

非理法権天という言葉がある。
非は理に勝てず、理は法に勝てず、法は権力に勝てず、権力は天に勝てずという意味だが、国民は天に成り代わって国家権力の横暴を許してはならない。

権力の不条理を先ず糾さねば、国を愛する心、先祖を敬う心、道徳の心などという国力の源が国民に芽生える筈もない。

集団的自衛権の行使を問う以前に、糾さねばならない問題が、身近な不条理として蔓延している。

だから、一人でも多くの国民が米国追随の平和ボケから目を覚まし、主権国家として世界と対峙する為にも、先ずは内なる敵、目の前にある社会の不条理を糾していかなければならない。
そして、誰もが祖国、国民、職責に矜持を持ち、愛するに足る国をつくることが肝要である。
それが、70年前、先人たちが自らの命も顧みず国を憂いて戦い、後世に託した願いでもあるのだから。 

Comments

Post a Comment


*印は必須項目です
コメントする