平成30年取手市議会第2回定例会(平成30年6月7日 ~ 平成30年6月22日)
6月11日一般質問(抜粋:細谷質問)

○12番(細谷典男君)

 創生会、細谷でございます。今回の一般質問では、暴排条例の課題について多角的に取り上げてまいります。なぜ暴排条例をとり上げるのかについて説明いたします。1つには、差別され、排除されているものに対する同情からであります。2つには、差別や排除の理由がいわれなきものであり、不条理であることへの憤りにあります。そして、不条理であるかどうかとの判断基準を憲法に求めました。憲法から、本条例を見ると、地域において違憲状態をつくり出しているものと考えます。本条例は、暴力団を取り締まるもの、町の嫌われ者、厄介な者を排除するというものであり、反対する必要はないだろうというのが大方の声かと思います。しかし、これが事実か、正当であるかについては議論の分かれるところだと思っております。
 日本の社会は古来から、助け合いの文化が根底にありました。村々での農耕を中心として生活、作業が営まれ、協働して助け合わなければやっていけなかったことによるものと思います。このような中でも不心得者、おきてを破るような場合は、村八分という処分を受けております。村の共同の生活の場から排除されます。しかし、村八分の名が示すように、八分は排除されますが、残るところの二分においては、つまり、火事や葬儀に際しては共同で生きる道がこういう中にあっても与えられております。翻って暴排条例は、市民と暴力団との一切の関係遮断にあり、完全な排除を求めているものであります。私は、この条例は苛酷なものだと考えております。暴力団のバブル経済事の経過などから見れば、私も一層厳しく取り締まらなければならないという意見に、95%ぐらいは賛成できます。しかし、残された5%、村八分の二分とまでは言いませんが、暴力団でも生き残ることができる道が、どんなに細くても必要なのではないかと考えております。
 多くの人に忌み嫌われている暴力団が、今は息絶え絶えですが、それでもなお今日まで存在してきております。これはなぜか。否定的なことばかりであったなら、とうに退場しているはずであります。この疑問を解くには、排除対象の暴力団がなぜ発生したのか。その要因について分析し、発生の根本を知らなければ、幾ら排除しようとしても、実効が上がるものとはならないと思います。近代における「やくざ」、現代では「暴力団」と、いかにも不粋に呼ばれておりますが、近代やくざの発生は、明治維新による日本の構造大転換を契機としております。多くの人に忌み嫌われてるやくざになぜ身を投じたのか、発生の要因とともに、やくざ以外の選択肢はなかったかということもあわせて考えなければ、排除の実を上げることはできないと考えております。
 現在の暴力団につながるやくざ組織は、近代において生まれ、全国に点在しております。近代やくざの特徴として、社会の最底辺で、誰しもが敬遠するような職場からはい上がってきていることが見てとれます。やくざの発生は近世、封建時代においては、農村における博徒が中心と言われておりますが、明治からの日本近代化の中で、最も苛酷で悲惨な労働現場を源としております。富国強兵、殖産興業のもと勃興した炭鉱、鉱山や港湾での労働現場からです。幕末から明治の初期には、戦乱で疲弊した農村から、流浪化した民衆が仕事を求め、都市に集中してきました。
 やくざ発生の典型的な例として、港湾における荷役労働の現場が挙げられます。明治以前の輸送船は、小型で波止場まで船がつけられていました。波止場で船から荷物をおろして倉庫まで運びますが、この港湾労働者を「仲士」といいます。仲間の「仲」に、消防士の「士」です。仲士といいます。近代化の波は、小型船から外国船や大型船に移ってまいります。そうすると、今までの波止場では岸壁に係留できず、沖合に停船することになります。ここで新しい労働が生まれます。小さなはしけで、船から波止場まで運ぶ作業です。この労働者は、陸地で荷物を運ぶ仲士と区別して「沖仲士」と呼びます。仲士と比べると沖仲士の作業は極めて危険です。この危険な仕事に維新の動乱で、生活の当てなく、行き場を失った民衆が押し寄せました。労働現場は法の支配も及ばない、働く者たちは身元も不明……氏、素性も明らかではありません。そして、危険と隣合わせの集団作業になります。また、強圧的な外国船などとの激しい料金交渉などもあり、力の威力が必要でした。この現場をまとめるためには、暴力を背景とした剛腕の統括者が求められ、押し上げられるように発生したのが近代やくざであります。横浜、横須賀、大阪など、同様の事情でした。神戸においては、港湾労働で頭角をあらわしたのが山口組です。初代山口組は、誰もが嫌がるような危険な労働現場に押し寄せてくる流浪の民を受け入れ、共同作業を行い、生活を共にしたことから始まりました。
 炭鉱の現場も、安全対策など、心もとなく常に危険と隣り合わせでした。炭鉱では当初、犯罪人、囚人が主要な労働力でした。明治に移り、増産体制に入ると、通常は敬遠される現場ですが、港湾と同様、職を求める流浪化した民衆を呼び寄せました。しかし、明治政府は、重工業化を国策としており、これでも労働力は間に合いません。1910年の日韓併合から、朝鮮半島では植民地支配のため困窮著しく、ここから脱しようとした人々が炭鉱労働者募集に応じて、半島から日本に渡ってきました。これらの働く場所が、この苛酷な炭鉱となったわけです。国内では誰しも嫌がる現場でも、生活のために選択をせざるを得なかったものです。
 昭和に時代は移り、いよいよ戦端が開かれようとする時期には、募集では間に合わず、朝鮮半島から大量に強制徴用され鉱山、炭鉱に投入されました。これらの人々は、戦後、着のみ着のままで放り出され、今も故郷に帰ることのない、在日2世、3世とつないでいるわけです。やくざに身を投じた出身別内訳としては、被差別部落、戦後の戦災孤児、ドロップアウトした者など挙げられますが、在日朝鮮人もかなりの比率で占められているものと思われます。
 このような近代やくざの成り立ちを考えると、「差別されたくなければやめればいい」という一言では済まされることはないと思います。やくざ社会には、上下関係においては絶対的な厳しさがありますが、実力、才覚、稼業歴による区別はあっても、本人の才能とは無関係な国籍や人種、貧困、出身などによる身分差別はあり得ません。それは、今まで申し上げてきたとおり、やくざ組織が被差別階層で構成されているからであります。
 そして、組織には行き場を失った者たちの、最後の相互扶助的機能を有しております。相互扶助機能はやくざ組織にとどまらず、同じような境遇にある底辺の者たちに向けられております。今や暴力団の一種に組み込まれている路上で商いをする人や、テキ屋や露天商ですが、彼らをつかまえて、「商売とはお店を構えてやるものだ」とか、「暴力団と間違われたくなければ、露店での営業はやめろ」と言われても困ってしまいます。できるものならそうしたいのは山々だと思います。しかし、できない事情を持つものもあるわけです。大道芸人も同様です。「芸は劇場でやるものだ」と言われても、どうにもならないものでございます。これら大道芸人や露天商を旅の先々で助けていたのがやくざでもあるわけです。
 伊豆の踊り子を、御存じの方が多いかと思います。川端康成原作で、何度か映画化されております。一高の学生と旅芸人一座の踊り子との淡い恋を描いたものです。二十歳となった一高生が、境遇が孤児であることから、自分の性格がゆがんでいると厳しい自己反省を重ねて、その息苦しさに耐え切れず、ひとり、伊豆に旅に出るところから物語が始まります。湯ヶ島の道中で出会った旅芸人一座の一人の踊り子に引かれ、天城峠のトンネルを抜けた後、彼らと一緒に下田まで旅をするという一高生と踊り子との恋愛小説でございます。
 一緒に旅した中で、差別や排除、身分違いが表現されており、これに対する川端の鋭い人権感覚が見られます。主人公の一高生が峠の茶屋で踊り子たちと遭遇したとき、茶屋のばあさんから見下すように、「あの人たちと、かかわりを持ってはいけない」と言われて、戸惑った様子が描かれております。茶屋のばあさんは、一高生を「旦那様」と呼び、旅芸人を「あんな者」と、軽蔑を含んだ口調で話すというようにあらわされております。川端康成は、この小説を書くために、湯ヶ島、天城峠を歩いておりますが、ある村に通ずる道に「物乞い、旅芸人、入るべからず」という札を見たと記されております。小説のクライマックスになりますが、下田に到着し、あすは別れるという晩に、一高生は旅芸人一座を映画に誘いますが、踊り子以外、都合がつかなくなります。すると母親は2人で行くことを強く反対されました。行かせてほしいと懇願する踊り子に対して、頑として許してはくれませんでした。母親は意地悪で言ってるわけではなく、身分が違うことから、どうなるものでもなく、深入りしては踊り子が傷つくということを配慮してであったことは明らかでございます。一高生がひとりで映画を見た帰り、暗い町で、遠くからかすかに踊り子のたたく太鼓の音が聞こえてきて、わけもなく涙するという感動的なシーンも、身分違いという不条理をあらわしております。
 川端は、幼くして肉親を次々と亡くし、両親の暖かい庇護のなかった寂しい孤児の生い立ちが、その作風に影響を及ぼしております。川端の心にある、この世の中で虐げられ、差別され、卑しめられている人々へのいとおしみを同一化するような感情が、伊豆の踊り子の大きなモチーフになってると言われております。一校生は、川端そのものであり、伊豆の踊り子という小説を貫いているのは、まさにさげすまれている旅芸人、「村に入るべからず」と排除される旅芸人、このような職業蔑視にさらされている境遇にあっても、生きる希望を失わない人々への共感、応援であり、このような境遇にありながらも温かな旅芸人一座への川端の憧れでもあります。
 このような世間の冷たさを覚える露天商や旅芸人を行く先々で助け、便宜を図ってあげていたのがやくざであったわけです。興行や宿泊、安全な営業の世話をしております。これは、社会の最底辺で生きている者たち同士だけがわかり合える連帯感ではないかと思います。旅芸人の境遇に同情し、優しいまなざしを向け、支援の手を差し伸べてくれたのは、やくざ以外にはなかったわけでございます。
 現代では、入るべからずと排除されたものをすくい上げるシステムがいまだ整っていない現状です。川端康成が表現したように、差別する側と差別される側が、同化する思いが広がらない限り、排除の論理だけでは解決は図れるものではないと考えております。以上、背景としまして、3点にわたって質問をいたします。
 まず、条例と法との関係についてでございます。午前中の副市長の御発言にもありましたけれども、地方自治体は、法により行政手続を進めております。この1年を見ても、法を正確に理解していない、あるいは、ないがしろにしてるんではないか、というようなことを当市で見かけました。私も責任があると思っております。その一つは、いじめに対する対応においてであり、また一つは、労働安全衛生法についてであります。こういうものではありましたが、議会で議論を重ね、是正してきたものと思います。条例には、法を根拠として、地域特性を加味してつくられるものも多くあります。その際、法の理解が正しくなければならないことは言うまでもありません。これらの点について、暴排条例においては、看過し得ない重要問題をはらんでおります。以上の点から、暴排条例と暴対法を根拠としていることからお聞きいたします。
 条例の特徴は、一般社会と暴力団の遮断にあります。一般人が暴力団員と交際したり、関係を持つことを規制しております。これに違反すると氏名が公表されたり、公共の仕事が受注できなくなります。つまり、この条例によって暴力団の存在は許されなくなります。もう一つの特徴は、暴力団と対峙するのは、警察ではなく、一般社会であるということです。暴力団との対決の矢面に市民を立てて、市民が暴力団を排除しろ、警察はこれを支援する、という構図になっております。
 一方、国における暴対法は、警察が暴力団を取り締まっていくというものです。しかし、暴力団の存在自体は否定されておりません。憲法では、結社の自由、居住の自由、職業選択の自由などがあり、暴対法ではこれらは規制されておりません。しかし、条例になると、暴力団として部屋を貸したり契約したりすると罰せられます。条例は、憲法に違反するものであります。
 第1の質問は、法では——憲法が——法では、存在が認められている暴力団を、条例では否定しております。法律と条例は対立しているのではないかということでございます。言葉を変えれば、法を正確に解釈せずに条例をつくるようなことがあってはならないということでございます。法と条例の関係について、明確に御答弁をいただきたいと思います。
 2つ目としては、条例制定の経緯、外部からの働きかけなどについてでございます。県条例と市条例の関係について、まずお聞きいたします。これは、予備的主張となります。つまり、本質的には暴排条例を認めるものではありませんが、仮に県条例の施行を前提としたという場合における市条例との関係について、市の見解をいただきたいと思います。全国の都道府県でも同種の条例がつくられております。一部の市区町村でも、類似の条例がつくられ出しております。茨城県では、44市町村がほぼ時期を合わせて施行されております。当市もこの中にありますが、県の条例は、当然のこととして市全体も対象としております。また、県条例の内容は、県は公安委員会があることから、より深く、幅広くなっております。この中には、市が行うべき内容は全て包含されているものと思います。このことから、市の条例は2重行政、無駄な条例になっているのではないかという疑問でございます。
 次に、立法事実についてでございます。条例制定時から今日まで、適用事例はなかったことを確認しております。また、制定時の議論でも明らかにされておりますが、条例で想定するような事態はなかったということであります。つまり、制定前から今日まで、立法事実はありません。このように、見てくると、なぜ条例をつくったのかという議論に戻ってきます。何か効用はあったのか、何らかの役割は果たしたのかということを問わなくてはなりません。暴力団の定義の曖昧さから、暴排条例の悪用とも言える動きになっております。暴力団との交際や取引を規制しておりますが、企業にとって見れば、誰が暴力団か識別できないというのが現状です。暴力団員とは知らずに行った取引でも、条例における規制の対象になります。このおそれを取り除くために、警察OBを受け入れる企業が多くなってきております。市内の安全向上に役立つことはあると思いますが、暴排条例を口実に行うことには違和感を持ちます。ましてこれが、条例の効用と言われても、納得できるものではありません。当市において、必要性が著しく見られない条例ですが、制定に当たって、外部からの働きかけがあったのか、お聞きいたします。つまり、立法事実のない、動機のない条例ですから、何らかの外部からの力がなければ、動くものではないと思うからであります。この点について、地方自治の基本がゆがめられることがないよう御答弁をいただきたいと思います。
 3つ目は、条例は憲法違反ではないかという疑義についてでございます。一例を挙げれば、暴力団員は銀行口座を保有できません。家族もいれば、学校に通う子どももいます。学校での集金は口座引き落としが基本となっておりますが、暴力団員の子どもは、現金の扱いとならざるを得ません。全国では、これが差別、いじめの要素となっている事例もございます。ただし、当市においては、教育委員会にお聞きしたところ、全員が口座振替ということでございました。少なくとも、児童生徒を持つ家庭には、暴力団員はいないということだと推察できます。また、暴力団員の葬式なども拒否される事例も出てきます。暴力団員が火事や救急処置が必要になった場合、行政が出動をするという明確な指針があるというようには聞いておりません。暴力団員と、警察から指定されると、あらゆる場面で差別的扱いを受けます。住居の制限は、一般の人が受ければ憲法違反ですが、暴力団員には憲法違反とならないのでしょうか。現状は暴力団員ということで差別されているわけですが、社会との交際が遮断され、一般人が交際することを禁じていることから、正業につくことは絶望的になります。
 また、暴力団を脱退してもなお5年は同じ境遇、つまり差別され続けなければなりません。具体的に問題点を申し上げれば、暴力団をやめて、新たな生活の糧を得るためには、職につかなければなりません。面接で給料振り込みの口座を聞かれたとき、口座を持たない理由を聞かれ、この時点で就職の道は閉ざされてしまいます。私はこのことが過酷だと申し上げております。暴排条例によって、行き場を失った者が、犯罪の道に……今度は本当の犯罪集団とならないことを祈るばかりでございます。
 人権にかかわることや、一般人であれば何でもないことが、暴力団員であることによって差別される。これは、近世において差別排除の対象とされてきた、えた・非人など、最低辺の身分とし士農工商など一般人の枠外に置かれていましたが、今や暴力団員は、現在の身分となっているかのようでございます。これが暴排条例を根拠として、行われていることから、身分を禁じた憲法に違反するのではないかという疑義が拭えないものでございます。条例は憲法違反であるという疑義に、どのように答えるのか、取手市の見解をいただきたいと思います。以上で、1回目の質問を終わります。
〔12番 細谷典男君質問席に着席〕
 



○議長(入江洋一君)

 答弁を求めます。
 総務部長、斉藤俊治君。
〔総務部長 斉藤俊治君登壇〕
 



○総務部長(斉藤俊治君)

 それでは、細谷議員の質問に答弁いたします。暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、いわゆる暴力団対策法は、これまで対処が困難であった民事介入暴力への対策を推進するとともに、対立抗争による市民への危害防止のために必要な措置を講ずるため、平成4年3月1日に施行されました。この暴力団対策法第1条では、「この法律は、暴力団員の行う暴力的要求行為等について必要な規制を行い、及び暴力団の対立抗争等による市民生活に対する危険を防止するために必要な措置を講ずるとともに、暴力団員の活動による被害の予防等に資するための民間の公益的団体の活動を促進する措置等を講ずることにより、市民生活の安全と平穏の確保を図り、もって国民の自由と権利を保護することを目的とする」と、その目的が規定されているところです。暴力団員による不当な要求行為に対して中止命令で規制したり、暴力団同士の対立抗争の際の事務所使用制限命令等を出すための法律です。暴力団対策法第2条第2号では、暴力団について、「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為を行うことを助長するおそれがある団体をいう」と規定されています。そして、暴力団対策法の規定に基づいて指定された暴力団は、暴力的要求行為等を行うことを禁止され、これに違反すると公安委員会から中止命令や再発防止命令が出され、この命令に違反すると刑罰の対象となります。一方、茨城県暴力団排除条例では、「暴力団が県民等の生活及び事業活動に不当な影響を与えている現状にかんがみ、本県からの暴力団の排除に関し、基本理念を定め、並びに県及び県民等の責務を明らかにするとともに、暴力団の排除に関する基本的施策、青少年の健全な育成を図るための措置、暴力団員等に対する利益供与等の禁止その他の必要な事項を定めることにより、暴力団の排除を推進し、もって県民の安全で平穏な生活の確保と社会経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と、第1条において規定されています。また、取手市暴力団排除条例でも、「本市からの暴力団の排除に関し、基本理念を定め、市及び市民等の責務を明らかにするとともに、暴力団の排除に関する基本的な施策等を定めることにより、暴力団の排除を推進し、もって市民の安全で平穏な生活の確保及び本市における社会経済の健全な発展に寄与することを目的するとする」と、規定しているところです。このように暴力団排除条例は、茨城県や市、住民、事業者などが暴力団排除のために、それぞれなすべきことを主な内容としています。そして、暴力団対策法、県・市の暴力団排除条例を効果的かつ適切に適用しながら暴力団対策の推進がなされています。
 また、暴力団排除条例の制定経緯ですが、茨城県暴力団排除条例第11条に、「県は、市町村において暴力団の排除に関する施策が実施されるよう、市町村に対し、情報の提供、技術的助言その他必要な協力を行うもの」と規定されており、県の啓発や連携のもと、県内44市町村の動向を踏まえながら制定いたしております。取手市は、県内で14番目の制定となります。
 次に、暴力団排除条例は憲法違反であるとの疑義に関する御指摘についてですが、一般論として、条例については、日本国憲法第94条及び地方自治法第14条の規定に基づき、憲法及び法令に違反しない限りにおいて制定しているところであります。その上で、憲法に合致しているか否かにつきましては、日本国憲法第81条の規定に基づいて、司法において判断がなされるべきものであります。なお、他の自治体の市営住宅条例の規定に関する判例ではありますが、暴力団員であることを理由とした市営住宅の明け渡し請求の合憲性については裁判で争われた事例があり、平成27年3月に、最高裁判所で合憲である旨の判決がなされているところです。また、他の暴力団排除条例の規定についても、今後、より深く検討・分析が行われていくものと考えていますので、当市としてもそのような司法の判断を注視してまいります。
〔総務部長 斉藤俊治君答弁席に着席〕
 



○議長(入江洋一君)

 細谷典男君。
〔12番 細谷典男君登壇〕
 



○12番(細谷典男君)

 ただいま御答弁いただきました。大変、国策的条例であることから、私の質問も酷な質問だったかというように思いますが、できるかぎりの御答弁をいただいたものと思います。しかしながら、どうしても見解の相違というのがございます。今、部長から御説明いただきましたけども、最初の法第2条、ここで暴力団とは、集団的または常習的に暴力的不法行為を行うことを助長するおそれがある団体、ということになっております。つまり、やくざがすなわち暴力団ではないということが御答弁で明らかになったことだと思います。
 県の条例と市の条例に関しても、目的が同じで、市でも同じ目的ですという御答弁でしたので、問わず語らず同じものであるということをお答えいただいてるものだというように受けとめました。
 そして、取手市の条例制定の経緯についての御答弁でしたが、県の条例で、市においても施策を講じられるように、啓発を——県は啓発をしていくと。県の啓発や連携のもと、条例を制定したというお話でございました。この「啓発」とは、論語によれば、気づいていないことを教え、より高い認識・理解に導くというのが啓発ということでございますが、取手市は暴排条例の必要性について気づいていなかったと。これを県が教えてあげたんだと。そして、条例をつくらせたんだ、というようなことであったかというように思います。そのとき、「必要ないですよ」と言えるような状況ではなかったかというように思いますので、御答弁を受けとめさせていただきたいというように思います。
 この取手市においては、必要性が認められない条例でございますが、この暴排条例反対の声は少しずつではありますが起こっております。皆様のほうのお手元に、「「暴力団排除条例」の廃止を求め、「暴対法改定」に反対する表現者の共同声明」というのをお配りさせていただきました。この共同声明の賛同者に、おなじみの方の名前が載っているかと思います。青木 理さん、テレビによく出ております。大谷昭宏さんはテレビ朝日でしょうか。あるいは、須田慎一郎さん、そして、田原総一朗さん。田原さんの隣の辻井 喬さんというのはペンネームで、西武の総帥の堤さんでございます。この前亡くなられた、西部 邁さんですね。あるいは、どちらかといえば、「左翼」「右翼」という言葉もありますが、左翼と言われるような人と、右翼と言われるような人も混在をしております。とりわけ、一水会の鈴木邦男さん、あるいは、組合の委員長である設楽さん、そして、作家の佐藤 優さん。どちらかと言えば権力と距離を置いた人たちが非常に危機感を持ったことでございますけれども、この声明の中の3つほど御紹介しておきたいと思います。
 2段目のところで、「わたしたち表現者も、安全な社会を否定するものでは決してない」と言いながらも、「その「安全な社会」の実現を謳いながら、「暴排条例」は、権力者が国民のあいだに線引きをおこない、特定の人びとを社会から排除しようとするものである」と。「これは、すべての人びとがもつ法の下で平等に生きていく権利を著しく脅かすもの」だということを大前提として、共同声明を出されました。そして「暴対法は、ヤクザにしかなれない人間たちが社会にいることをまったく知ろうとしない警察庁のキャリア官僚たちによりつくられた。さらに危険なことは、暴力団排除を徹底するために、表現の自由が脅かされることだろう」ということでございます。そして、最後のほうのところで、ここはなかなか理解しづらいところかと思いますが、「ヤクザの存在は、その国の文明度を示すメルクマールでもある」——いわゆる判断基準であると。「たとえば北朝鮮にはヤクザはいないと言われている」。もう間もなく、あした、トランプ大統領と金正恩委員長の対談が行われ、この表現は今後、当たらなくなるかもしれませんけれども、今まではそう思われていたと。「戦前の社会主義者の規制が全国民への弾圧を拡大したように、暴対法は「暴力団」の規制から国民全てを規制する法律として運用されることになるだろう」というのは、戦前の治安維持法が、共産党を対象とした法であったわけですが、だんだん社会主義者、そして宗教者、あるいはマスコミなどまで広がってきたことをあらわしております。このような危機感を表明した人たちもおります。
 さらに国会においては、最初の暴対法ができた1992年には、全員賛成で成立をしておりますが、深い議論があったというふうには聞いておりませんが、賛成でしたが、この共同声明出された以降の暴対法改定においては、国会でも反対する人たちが出てきました。反対されたのは、社民党の全議員と、あと沖縄出身の糸数さんでございます。徐々にではありますが、問題を指摘する声は広がってきております。
 当初、この暴対法ができたときに、反対の声は暴力団の最も身近なところ、家族から上がりました。銀座でもデモを行い、アピールしたのが、「極道の妻たち」と言われたデモでございました。そして、任侠団体、各団体は、不当な取り扱いに抗議し法廷に訴えました。この係争中に起きたのが、阪神淡路大震災でございます。裁判は中断して、被災者への支援に組織の総力を挙げ、全力を傾注したのが地元に拠点を置く山口組でございました。神戸では、未曽有の被災でしたが、窮状につけ込むような火事場泥棒的な事件は極めて少なかったということが、海外にも知られております。日本人の倫理が高いことが評価されていますが、これと同時に、機能を喪失した警察にかわり秩序維持を担ったのが山口組の役割であったと言われております。直接的なボランティア活動も行いましたが、犯罪者が侵入しないよう市内全域を見守っていたわけでございます。神戸においては、山口組の存在が、災害に見舞われた人の弱みにつけ込むような犯罪を防止いたしました。この大震災を境にして、訴訟は取り下げられました。災害の復旧を何にも増して優先するということからでございます。
 そして、次に注目する議論がございました。東日本大震災の復興に関してでございます。このとき、京セラの稲盛和夫会長と対談した堺屋太一氏。堺屋氏は、経済企画庁長官として、小渕内閣に民間人閣僚として入り、さまざまな実績を上げております。特に、景気ウォッチャー調査などは大変な評価を得たものでございます。生きた経済のわかる数少ない人物だろうと思いますが、堺屋氏は阪神大震災で、政府の復興員を務めた経験から、復興にはスピードが必要と主張し、「平時のように四角四面に法律を適用していては、事は迅速に進みません。正直なところ、裏社会の人に協力を要請しないと突破できない局面も出てきています」と述べております。これは、堺屋氏は大阪出身でございますし、この阪神大震災の復興の現場を確認しているからこそ出てきた言葉ではなかったかと思います。100%排除で否定するということであったとすれば、このようなことは、生じてこなかったというように思いますので、ぜひともこの表現者の共同声明ともども、御一考いただきたいというように思います。
 また、部長の御答弁で、条例と法は相互に補完するということもございました。法を条例は補完するということはあり得ることだと思いますが、条例を法が補完するということはあるのか。これはあり得ないことではないかというように思います。こういうできないことを言わざるを得ないところに、私は暴排条例の欠陥があると思います。警察は、暴対法では暴力団を壊滅することができなかった。だから民間に排除条例ということで、暴力団とつき合うなということをもって壊滅の実を上げようとしたわけですが、全く方向の違う条例でございます。そのために、「相互に補完」と言わざるを得ないということについてはよく理解できますが、この法と条例の関係は正しいものではないというように思います。
 そして最後の、憲法についてでございます。条例——失礼しました。法が憲法に違反してるのではないかということについては、違憲立法審査権というのがございます。ここで審査する権限が——法律や行政が憲法に違反しているか、いないかを審査する権限がございます。部長ご指摘のとおり、憲法第81条に、最高裁を終審裁判所として審査することになっておりますが、その中の対象となるのは、一切の法律、命令、規則、また、処分というようになっております。一切の法律、命令、規則または処分でございます。ここに条例が入るのかどうか。条例が入らないとすれば、どこで争われるのか。寡聞にして私は、この点についてはわかっておりません。憲法違反と指摘される条例は、そもそも憲法以前に、法にそぐわないものではないかと思いますので、条例が憲法に違反するなど想定していなかったのではないかとも思います。
 また、憲法第99条には、「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」とあります。ここで言う公務員とは、「公務員」という表現だけなんですが、国家公務員に限らず、全ての公務員が対象になるものと思います。であるとすれば、条例に疑義が生じないよう、日常的に憲法を意識した行政執行が求められてまいります。条例制定に際しても、憲法との関係をまずチェックしなければならないものだというように思います。
 そこで、最後の質問になりますが、お聞きしたいところは、憲法をどのように意識して日常の業務を執行しているのか。そして、職員にはどのように教育研修をしてるのか。4月には新入職員も入ったというようにお聞きしておりますが、どのような憲法教育を行ったのか——行っているのか、お聞きいたします。
〔12番 細谷典男君質問席に着席〕
 



○議長(入江洋一君)

 答弁を求めます。
 斉藤俊治君。
 


○総務部長(斉藤俊治君)

 一問一答ではないので、私が言った、言わないについては控えさせていただきます。憲法重視の取り組みということであろうかと——御質問だろうかと思います。全ての職員は、市職員となる際に、地方公務員法第31条及び取手市職員の服務の宣誓に関する条例第2条の規定に基づき、宣誓を行ってから公務に従事しております。その内容ですが、日本国憲法の尊重と擁護を誓っております。また、新任職員の研修カリキュラムの中で、地方自治について学ぶ際に、憲法における地方自治の規定を含めて学ぶようにしているほか、他の法令にかかわる研修においても、上位法、理念としての憲法や判例などにおける憲法判断など、学ぶ機会を設けるようにしておるところでもございます。今後も、憲法について学ぶ機会をつくり、職員一人一人が公務員としての意識を高く持ち、憲法を遵守し、憲法を初めとする法令のもとで職務を実施していることへの自覚を促すよう周知してまいりたいと、このように考えております。
 


○議長(入江洋一君)

 細谷典男君。
〔12番 細谷典男君登壇〕
 



○12番(細谷典男君)

 ありがとうございました。憲法については、ぜひそのような立場で研修を積んでいただきたいというように思います。私が、労働組合の役員をやっていましたが、それを辞して、地方議会に出ようと気持ちを固めたときに、挨拶に行ったのが社会党の土井たか子さんのところでございました。そのとき、土井さんは、「憲法は、地方自治でこそ光り輝くものだ」と。「憲法を地方で必ず生かしてください」というように言われたことが最初でございました。そのときにも、京都の蜷川虎三府知事のお話をいただきました。京都府政では、この蜷川知事は、職員全員に豆本——憲法の豆本を渡して、全員にそれを携帯させて、府民と接するとき、必ずこれを心に抱いて接しなさいという教育を徹底して行って、府庁舎の正面には、「憲法を暮らしの中に生かそう」という垂れ幕を掲げられておりました。蜷川知事退任後は、その垂れ幕も今は下げられているということでございました。
 私も、今、つらつら振り返れば、その後、何回か選挙してるんですが、最初の選挙は、憲法を暮らしに生かすということだったんですが、このスローガンは、その後、掲げることはありませんでした。今、翻ってこの憲法について、本当に地方自治で生かせるのかどうか、改めて自分自身を問い詰め、問い直してみると、この「憲法を暮らしに生かす」というキャッチコピーは、改めてまた掲げなければならないと思います。私自身も、正直に憲法に違背することのないよう取り組んでまいりたいと思います。安全保障や国家のあり方などを除けば、文化、人権、福祉など、憲法は一切揺るがす必要がないものと思いますので、これを心に抱いて、今後も議会活動を進めたいと思いますし、この暴排条例については、これからもいろいろ変化があろうかと思いますので、総務部の皆さんとは、議論をさせていただきたいということお願い申し上げまして、質問を終わりにさせていただきます。ありがとうございました。